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長野地方裁判所 平成11年(行ウ)9号 判決 2000年7月28日

主文

一  被告長野県知事に対する本件訴えを却下する。

二  原告の被告長野県佐久地方事務所長に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告

1  被告長野県佐久地方事務所長が平成一〇年六月一〇日付けで原告に対してした別紙物件目録記載の土地の取得にかかる不動産取得税賦課決定(課税標準金一四七万六〇〇〇円、税額金五万九〇〇〇円)を取り消す。

2  被告長野県知事は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地の取得につき不動産取得税賦課決定をせよ。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

主文と同旨

第二事実の概要

一  事案の要旨及び争点

本件は、被告長野県佐久地方事務所長(以下「被告地方事務所長」という。)が原告に対してした原告の別紙物件目録記載の土地(以下「木件土地」という。)の取得にかかる不動産取得税賦課決定(以下「本件賦課決定」という。)につき、被告長野県知事(以下「被告知事」という。)又は被告地方事務所長が自ら課税標準となるべき価格を決定していない点、固定資産課税台帳に登録された本件土地の価格(以下「登録価格」という。)が適正な時価とはいえず、登録価格により不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定し難いにもかかわらず、登録価格に基づき価格を決定した点において違法であると主張し、被告地方事務所長に対し本件賦課決定の取消しを求めるとともに、被告知事に対し新たな不動産取得税賦課決定を求めるものである。これに対し、被告地方事務所長は、不動産取得税の賦課決定権限は地方事務所長に委任されている上、本件賦課決定における課税標準となるべき価格は、地方税法(以下、単に「法」という。)七三条の二一第一項に従い、登録価格に基づいて決定したものであるから、本件賦課決定は適法であるなどとして請求の棄却を求め、また、被告知事は、被告知事に対し賦課決定を求める訴えは、法的根拠を欠く不適法なものであるとして訴えの棄却を求める。

したがって、本件の争点は、

1  原告の被告知事に対する訴が適法なものか否か

2  被告地方事務所長による本件賦課決定が違法なものであるか否かである。

二  争いのない事実等

1  原告は、平成一〇年二月一八日、本件土地を取得した。この時点において固定資産課税台帳に登録されていた本件土地の価格は、基準年度(法三四一条六ないし八号参照)である平成九年度の固定資産課税台帳の登録価格三一四万一〇二四円であった。

2  第二年度である平成一〇年度の固定資産の価格は、法三四九条二項ただし書所定の特別の事情がない限り、基準年度である平成九年度の価格によることになる。

しかるところ、御代田町長は、平成一〇年度において、御代田町の一区域内の自然的及び社会的条件からみて類似の利用価値を有すると認められる地域において地価が下落し、かつ、平成一〇年度において本件土地に係る平成九年度の固定資産税の課税標準の基礎となった価格(以下「修正前の価格」という。)を平成一〇年度の固定資産税の課税標準とすることが固定資産税の課税上著しく均衡を失すると認め、法附則一七条の二第一項の特例を適用し、本件土地の平成一〇年度の固定資産税の課税標準につき、修正前の価格を自治大臣が定める基準(以下「修正基準」という。)によって修正した価格(以下「修正価格」という。)とする旨決定し、平成一〇年一月一日時点における修正価額である二九五万二三二二円を固定資産課税台帳に登録した。

なお、御代田町長が右修正価格を決定した時期及び固定資産課税台一帳に登録した時期は明らかではないが、原告が本件土地を取得した平成一〇年二月一八日時点においては、固定資産課税台帳には未だ右修正価格は登録されておらず、平成九年度の登録価格が記載されたままになっていた。

3  被告地方事務所長は、平成一〇年四月三日、長野地方法務局軽井沢出張所における不動産登記申請書の閲覧調査により、原告が本件土地を取得したことを把握し、原告に対し、同年六月一〇日付けで、本件土地の取得について、課税標準を一四七万六〇〇〇円、税額を五万九〇〇〇円とする本件賦課決定をした。

右の課税標準は、法附則一一条の五第一項、長野県県税条例(以下、単に「条例」という。)附則一六条の三第一項に基づき、遅くとも平成一〇年四月三日までに平成一〇年度の固定資産課税台帳に登録されていた本件土地の価格二九五万二三二二円の二分の一で、一〇〇〇円未満の端数を切り捨てた金額(法二〇条の四の二第一項)であり、税額は、これに税率一〇〇分の四(平成一〇年三月法律二七号による改正前の法七三条の一五第一項)を乗じて得た金額である。

4  原告は、平成一〇年八月六日、長野県知事に対し、本件賦課決定に関する審査請求をしたが、長野県知事は、平成一一年六月一七日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした。

三  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告

法七三条の二一第二項の規定によれば、固定資産課税台帳に固定資産の価額が登録されていない不動産又は同条第一項ただし書に規定する不動産については、道府県知事が不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定するものとされているのであるから、被告知事は、右規定に従い速やかに原告の本件土地の取得にかかる不動産得税賦課決定をすべきである。したがって、被告知事に対する本件訴えは適法なものである。

(二) 被告

被告知事に対し、不動産取得税の賦課決定をするよう訴訟により求めることは法的根拠を欠いており、本件訴えは不適法である。

2  争点2について

(一) 被告

(1) 前記争いのない事実等3のとおり、本件賦課決定の時点においては、既に固定資産課税台帳に本件土地の価格が登録されていたため、被告地方事務所長は、法七三条の二一第一項の「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産」として、登録価格を基礎として本件賦課決定を行ったものである。仮に、法七三条の二一第二項の「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産」として、道府県知事が価格を決定する場合においても、法附則一一条の六の規定により、法附則一七条の二第一項の修正基準が適用され、市町村長が決定する場合も道府県知事が決定する場合も、同一の基準により価格を評価、修正するものであるから、結局、両者の価格は同一となるべきものである。

したがって、被告地方事務所長が御代田町長の決定した固定資産課税台帳の登録価格に基づき行った本件賦課決定に違法はない。

(2) 法七三条の二一第一項ただし書にいう「当該固定資産の価格により難いとき」とは、当該不動産につき、固定資産税の賦課期日後に増築、改築、損壊、地目の変換その他特別の事情が生じ、その結果、右登録価格が当該不動産の適正な時価を示しているものということができないため、右登録価格を不動産取得税の課税標準としての不動産の価格とすることが適当でなくなった場合をいうところ、本件においては固定資産税の賦課決定期日である平成一〇年一月一日から本件不動産の取得日である同年二月一八日までの間において、「特別の事情」が生じた事実はない。

したがって、本件土地につき、法七三条の二一第一項ただし書の適用はない。

(3) なお、被告知事は、法三条の二及び条例四条一項一号により県税の賦課徴収権限を各地方事務所の長に委任している。

(二) 原告

(1) 原告が本件土地を取得した平成一〇年二月一八日当時、固定資産課税台帳には本件土地の平成一〇年度の価格は登録されていなかったのであるから、法七三条の二一第二項の「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない」場合に該当し、道府県知事が自ら自治大臣の定める固定資産評価基準によって不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定しなければならない。

しかるに、被告知事ないしは被告地方事務所長は、いずれも不動産取得税の課税標準となるべき本件土地の価格を決定しておらず、本件賦課決定は違法である。

(2) 不動産取得税の課税標準は、不動産を取得したときにおける不動産の価格であり(法七三条の一三第一項)、この価格は「適正な時価」(法七三条五号)でなければならないから、不動産取得税の課税標準決定のよりどころとなった固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格が「適正な時価」でない場合には、法七三条の二一第一項ただし書の「当該固定資産の価格により難いとき」に該当し、同条の二一第二項により、道府県知事が自らが当該不動産にかかる不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定しなければならない。

本件賦課決定の課税標準の基礎となった登録価格は、二九五万二三二二円であるところ、本件土地の「適正な時価」は不動産鑑定士の鑑定結果によれば一二一万四四〇〇円であるから、右登録価格は「適正な時価」とはいえず、本件賦課決定は違法である。

第三当裁判所の判断

一  争点1について

行政事件訴訟法二条及び第二章においては、公権力の行使に関する救済方法として、抗告訴訟を中心とした制度が規定され、同法三条二項ないし五項においては、抗告訴訟の訴訟類型として、処分又は裁決の取消訴訟、無効等確認訴訟及び不作為の違法確認訴訟が掲げられている。右の趣旨に鑑みれば、これら法定の抗告訴訟以外の公権力の行使に関する不服の訴訟(いわゆる無名抗告訴訟)は、行政庁が処分をなすべきこと又はなすべからざることについて法律上羈束されており、行政庁に自由裁量の余地が全くないなど、第一次判断権を行政庁に留保することが必ずしも重要ではないこと(明白性)、事前審査を認めないことによる損害が大きく、事前救済の必要性が顕著なこと(緊急性)、他に適切な救済方法がないこと(補充性)が認められる場合にのみ許されると解される。

本件の被告知事に対する訴えは、同被告に不動産取得税賦課決定を求めることを内容とするものであり、無名抗告訴訟の一類型である義務づけ訴訟であるところ、本件において前記の各要件が存しないことは明らかであり、被告知事に対する本件訴えは不適法である。

二  争点2について

1(一)  (本件土地は、固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産か否か。)法七三条の二一第一項にいう「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されている不動産」とは、不動産を取得した時点において、その取得の日の属する年の固定資産税の賦課期日における不動産の価格が固定資産課税台帳に登録されている不動産を指し、基準年度に不動産を取得した場合において、右取得時までに基準年度に係る当該不動産の価格の決定及び当該価格の固定資産課税台帳への登録が行われず、固定資産課税台帳に前年度の価格が記載されたままになっているにすぎないときは、法七三条の二第二項にいう「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産」として、道府県知事は、法三八八条一項の自治大臣の定める固定資産評価基準により、当該不動産に係る不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定すべきものである(最高裁昭和五〇年一二月一八日第一小法廷判決)ところ、右の理は、基準年度ではなく、固定資産の価格が基準年度の価格のまま据え置かれることとなっている第二年度及び第三年度において、法附則一七条の二第一項等の規定によって修正した価格を決定し、固定資産課税台帳に登録する場合においても妥当するものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記争いのない事実等2のとおり、御代田町長は、第二年度である平成一〇年度において、本件土地につき、平成九年度の登録価格である修止前の価格を修正基準によって修正した修正価格を決定し、この修正価格を固定資産課税台帳に登録したが、原告が本件土地を取得した平成一〇年二月一八日時点において、固定資産課税台帳には未だ右修正価格は登録されておらず、平成九年度の登録価格(修正前の価格)が記載されたままにたっていたものである。

そうすると、本件土地は、法七三条の二一第二項にいう「固定資産課税台帳に固定資産の価格が登録されていない不動産」に該当するものとして、被告知事から委任を受けた被告地方事務所長(法三条の二、条例四条一項一号)は、法三八八条一項所定の自治大臣の定める固定資産評価基準及び法附則一七条の二第一項所定の修正基準(平成一一年三月法律一五号による改正前の法附則一七条の二第六項よる読替え)により、本件土地にかかる不動産取得税の課税標準となるべき価格を決定しなければならないものと解される。

(二)  (被告地方事務所長が法七三条の二一第二項に基づく価格の決定をしていないことの適否)

ところで、道府県知事が決定すべき不動産取得税の課税標準となるべき固定資産の価格と、市町村長が決定すべき固定資産税の課税標準となるべき固定資産の価格とは、その決定主体は異なるけれども、両税の課税標準となる価格がいずれも適正な時価をいうものとされ(法七三条五号、三四一条五号)、両税の固定資産の評価基準が同一であること(法七三条の二一第一項、法四〇三条一項)などからすると、同一の価格となるものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、被告地方事務所長は、本件賦課決定をした平成一〇年六月一〇日までの間に、平成一〇年度の本件土地の価格として御代田町長が決定の上、固定資産課税台帳に登録されるに至った登録価格と同一の価格を不動産取得税の課税標準の基礎として本件賦課決定を行っているのであるから、本件賦課決定は違法とはいえない。

被告地方事務所長は、本件賦課決定につき、法七三条の二一第二項ではなく、法七三条の二一第一項に基づき処分した旨主張するところであるが、本件賦課決定に際し、原告の本件不動産取得時に固定資産課税台帳に登録されていた平成九年度の登録価格とは異なる平成一〇年の登録価格を基礎として本件賦課決定の課税標準を定めている点において、本件賦課決定の中に同項に基づく実質的な価格の決定が含まれているものと解することができる。

2 (「適正な時価」か否か。)

原告は、本件賦課決定の課税標準の基礎となった本件土地の価格が「適正な時価」ではない点を違法事由の一つとして主張しているところ、前述のとおり、右本件土地の価格は、御代田町長が法三八八条一項の自治大臣の定める固定資産評価基準及び法附則一七条の二第一項の修正基準に基づき賦課期日である平成一〇年一月一日現在のものとして決定し、固定資産課税台帳に登録された平成一〇年度の登録価格と同一であり、右賦課期日から原告が本件土地を取得した平成一〇年二月一八日までは期間的な隔たりも少ないことからすると、右本件土地の価格は「適正な時価」を示すものとみることができる。

これに対し、原告は、平成一一年七月一日を価格時点とする不動産鑑定士の本件土地の鑑定評価額が一二一万四四〇〇円である旨主張立証(甲第一号証)するが、この点は右判断を左右するものではない。

3 (被告地方事務所長の権限の有無)

なお、本件賦課決定を被告地方事務所長が行っている点については、法三条の二及び条例四条一項一号により県税の賦課徴収権限が被告知事から被告地方事務所長に委任されている以上、適法なものといえる。

4 以上の判断を前提にすると、その余の点について判断するまでもなく、前記争いのない事実等3記載のとおりの計算方法で被告地方事務所長がした本件賦課決定は適法である。

第四結論

以上によれば、原告の被告知事に対する本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、被告地方事務所長に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤公美 裁判官 田口治美 裁判官 廣澤諭)

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